春が来た。
空一杯に広がっていた桜は先日の雨で随分寂しくなっている。だけれど、
「見て見て、お兄様。取っても綺麗。」
積もった花びらを宙にを振りまいてみるのはこの頃だけの特権。桜吹雪の向こうに無邪気な妹の笑顔が少し霞んだ。
妹は自分と似ていない、綺麗な黒髪をしている。
それは誰かを連想させた。
「お兄様、これ。」
その声に目を向けると満水は手の中にある物を差し出していた。
それは一振りの見事な桜の枝、そこには未だ美しい花が咲き誇っている。
「手折ったのか。」
「だってお兄様にも見せたかったんですもの。」
満水のこういうところは可愛いらしい。でもそれを甘やかしてしまう事は出来なかった。
「木が可哀想だろう、命を粗末にするな。」
満水は一瞬シュンとなったが、
「これからは、気を付けます。」
素直に謝る。
「いい子だな。」
言うと満水は枝を差し出した。
「でもこれは、お兄様に差し上げます。桜、好きでしょう。」
その言葉に少女の行動の理由を悟った。
「分かった、だがもう二度とするなよ。」
「はい。」
花のような笑顔でそう言って、手習い事に出かけていく満水。
桜の枝は、薫の手に残された。
「どうしました、京さん。」
「いえ、何でも。」
ばばの声に京は慌てて手の中のそれを隠した。
「では鐘5つに迎えにきますね。」
そう言うばばをやり過ごしてまた手の中に視線を戻す。
それは見た事のない桜の枝だった、おそらく話に聞くソメイヨシノだろう。この家の庭には平安の頃には無かった植物はない、だから実物を見るのは始めてだった。
けれど残念な事にその桜の枝は無残に折られていた、それが少し悲しい。それでも、
「とても綺麗だな。」
手折られる事がなければ自分の目に入る事も無かった花を京は一人抱きしめた。
始めて触る花なのに、不思議と感じてしまう。
甘酸っぱいような懐かしさと共に
|